最近、「チブロ(邦題:おばあちゃんの家)」という映画を見た。
都会に住む小学生の男の子が、家庭の事情で「田舎の村」に住む「おばあちゃんの家」に預けられる。
田舎の生活になじめない男の子は、おばあちゃんに「携帯ゲームの電池が欲しい」とか「ファーストフードが食べたい」だとか、散々わがままを言うのだが、おばあちゃんは耳が遠いし、字も読めないので、孫の言いたいことが理解できず、願いを叶えてあげることが出来ない。
おばあちゃんは、畑で取れたカボチャを市場で売って、孫にお菓子や新しい運動靴を買ってあげるのだが、わがままな孫は「おばあちゃんなんかと一緒に帰りたくない」と、荷物を残して、友達とバスで帰ってしまったり・・・
映画の中のお話だと分かっているものの、孫がお婆ちゃんを困らせるためにする、数々のいたずらを見ると腹が立って仕方ない。
せっかくおばあちゃんが買ってくれた運動靴を「ふん!ださい!」と言って蹴飛ばしてしまうシーンがある。
この時「ださい」というのを、男の子はこう表現していた。
フン、チョンスロップケ
原形:チョンスロプタ
この「チョンスロップタ」の最初の一文字は「村」という漢字語だ。
名詞に「スロップタ」が付くと、名詞が形容詞化するので、無理矢理この「チョンスロップタ」を直訳すると「村っぽい」となる。
「村っぽい」では意味が分からないが、ようするにここに出てくる「村」の意味は「都会のようにあか抜けていない」ということ。
つまり「田舎者」「あか抜けてない」「野暮ったい」など、相手をさげすんでいる言葉なのだ。
それでは「チョンスロップタ」の反対語はどんなものが考えられるか。
教科書では「かっこいい」を「モシッタ」と書いているものが多いと思う。
モシッタ
この単語の頭にあるハングル「モッ」とは日本語に直すと「粋(いき)」に近いものだという意見を聞いたことがある。
この「モッ」を使った単語として「いかした人」「おしゃれな人」というものもある。
モッチェンイ
しかし、最近の歌謡曲の中で、この「モシッタ」「モッチェンイ」という単語を聞いたことがあるだろうか?
歌の歌詞では圧倒的に「ケンチャンタ」の連用形である「ケンチャヌン〜」という表現が使われていると思う。
例えば「いい男であることを見せてやらないとな!」という歌詞では
クェンチャヌン ナmジャロ ポヨヤ ハルテンデ!
という感じ。
「八字」「大丈夫」で紹介したことだが、韓国を「ケンチャナヨ精神の国」と表現する人がいる。
韓国人は、やることなすこといい加減で、おおざっぱだということを皮肉った表現だ。
韓国語を勉強し始めた頃、この「ケンチャンタ」とは「大丈夫だ」「許容範囲だ」と言う意味だと習ったものだが、意外と深い意味がある言葉である。
さて、「おばあちゃんの家」の話しに戻るが、この映画を見ていて、私が子供の頃、母の田舎に行った時のことを思い出した。
「仮面ライダー」が見たかったのだが、母の田舎では放映されておらず、「もう家に帰りたい」とだだをこねて、両親を困らせたことがある。
子供の頃「田舎」だと思っていた地域も、今では急速に都会化して、生活するうえで不便を感じる地域も少なくなっていると思うが、韓国にはまだ、日本の数十年前の姿を残している地域があり、映画に描かれている村も実在しているそうだ。
物語は、おばあちゃんが再び、一人山奥の村に残されるというところで終わるのだが、色々な思いが交差し、思わず涙ぐんでしまった。
男の子は「おばあちゃんの家」で何を感じたのだろうか?
皆さんも、ぜひこの映画を見てもらいたい。
日本人の忘れていた「何か」を思い出させてくれる映画である。
<04/05/05>