100 まだ遠かったです

 ついにこの「役に立たない韓国語」も100話目になった。
 約2年前、「大きな心を食べて」通い始めた韓国語の学校を卒業し、これからは韓国語を活かした仕事をしたいなぁと思っていたのだが、私程度の実力ではまだまだ「遠かったです」と言わざろう得ない。

 今回のオープニングには、あえて韓国語的な表現を使ったのだが、どういうニュアンスだか理解できただろうか?

  a-jig meol-eod-dda:まだ遠かった→まだまだです

 この「まだ遠かったです」と言う表現は、実に韓国語的である。
 日本語にすると「まだまだです」と現在形なるのだが、この表現は過去形になっている。
 そして何が遠いかといえば、この場合「韓国語を完ぺきに話せる」という最終目的地まで、まだまだ物凄い距離があるということだ。

 韓国語を勉強し始めてすぐ、こんな諺を教わった。

  si-jagi bani-da:始まりが半分だ

 直訳すると意味が判らないが、かみ砕いて説明すると「物事を始めるのは大変だが、一旦始めてしまえば、すでに半分到達してしまったのと同じだ」という意味である。
 日本にある諺と混ぜて考えると「千里の道も一歩から」であるが、その一歩を踏み出したら、もう半分くらい進んだのと同じくらいの意味がある。
 それだけ物事を始めるのは決意が必要だという意味だと理解している。

 そうそう、決意するという韓国語の表現もとても面白い。

  ma-eum-eul meog-dda:心を食べる→決意する

 切っ掛けはどうであれ、私は韓国語を勉強して本当に良かったと思っている。
 しかしこの2年間を振り返ってみると、実に早く過ぎ去ってしまったと思っている。
 今だから話せるが、途中どういうわけだか、あれだけ熱中していた韓国語の勉強をやりたくなくなった時も有った。
 そんな時、私はこの「役に立たない韓国語」を書き始めた。

 下らないことで良いんだ。
 自分の目で見て、感じ取った「韓国語」のことを書くことで、何か新しい発見が有るのではないかと思ったのだ。
 案の定、授業中に先生が何気なく話してくれる日常会話の中からも、この「役に立たない」のネタになったものが沢山有る。

 このまま職場に戻って、たとえ韓国語が活かせなくても悔いは無いと思っている。
 ただ、日常に流され韓国語を忘れてしまうことだけは、絶対に嫌だ。
 役に立たなくても良い。
 私はまだまだ韓国語を続けてゆきたい。

 どんなに長い道のりでも、いつかはどこかにたどり着けるはずなのだから。

<02/03/20>

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