ストレス

 現代人は、どうしてこんなにストレスが貯まっているのだろうか?
 韓国語で「ストレスが溜まる」は

 seu-teu-re-seu-ga ssa-i-da:ストレスが溜まる

と表現する。
 (ssa-i-da)とは、重なるとか、積もるという意味。
 直訳すると「ストレスが積もる」と言うべきか。

 貯まったストレスは解消しないと体に悪い。
 ストレスを「発散する、解消する」は、それぞれ漢字語も使うだろうが、

  seu-teu-re-seu-reul pul-da:ストレスを解く

と言う表現を良く使うようだ。
 韓国人が感じるストレスとは「こんがらがってしまった紐」を解くようなイメージなのかも知れない。

 先日、授業中に「あなたのストレス解消法はなんですか?」という話題になったところ、ある生徒から「スーパーでパートをしているのだけど、お客さんの中には店員に文句を言って、ストレスを発散している人がいるように感じる」なんて意見が出てきた。
 なるほどと思ったのだが、突然、私が韓国語を勉強し始めた頃、ある女の先生が話してくれたことを思い出した。

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 先生が日本に留学して来てまもなく、同級生の韓国人留学生と一緒にファーストフード店でアルバイトをしていた。
 先生達の使っていた日本語に、少し韓国語訛りが有ったせいだろうか。
 店員が韓国人であることに気づいた、ある日本人の男性客が、カウンターにいた先生達に向かって「お前ら、チョーセン人か!チョーセンは貧乏だから出稼ぎにきているのか?チョーセン人は日本に来るな」などと、散々屈辱的なことを言ってきたという。
 先生達は一応相手がお客さんと言うことで、黙って言われるままにしていたが、お客が帰った後「なんでこんな事を言われなければならないの!」と、あまりの悔しさのために、店の隅で泣いてしまったそうだ。

 その様子を見ていた店長は、アルバイトといえ、店員があれだけひどいことを言われたのにもかかわらず、助けに入ってくれなかったばかりか「どうしたの?早く仕事に戻ってよ」と、まるで何事もなかったように言われたという。
 先生はその日、韓国にいる家族や恋人に電話をしたそうだ。
(先生はおっしゃっていなかったが、たぶん泣きながらだろう・・・)
 先生はこんなことでやめてしまっては、もっと悔しいので、しばらくバイトを続けたそうだが、友人の留学生は次の日バイトを辞めてしまったそうだ。

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 私はこの話を聞いて、胸が締め付けられるような思いがした。
 先生にひどいことを言った日本人も許せないが、その店長も許せない。
 それ程酷いことを言われても、口答えしなかった先生達に対して、同じ日本人としてとても恥ずかしく、申し訳なくて仕方なかった。

 韓国語で口答えは

mal-dae-ggu:口答え

という。
 自分の職場もそうだが、客商売の職業をやっていると結構ストレスが貯まる。
 相手が傍若無人な人間でも、一応お客には口答えしないのが普通である。
 だが、先生を泣かした男が何様だか知らないが、たかだか数百円のジャンクフードを買っただけで、そんなに偉いのか?
 日本語を勉強するため、祖国を離れてアルバイトまでしている苦学生を傷つけ、ストレスを発散しているような日本人がいたなんて、恥ずかしい限りだ。

 おそらく、先生に暴言を吐いた人間は、いわゆる「チョーセン人」が「日本人よりレベルの低い民族だ」という、根拠の無い差別意識を持った、心の貧しい人間であることは間違いない。
 だから「客」と「店員」という有利な立場を利用して「ストレスを発散」させたのだろう。

 武装スリ集団の問題だとか、竹島の問題だとか、韓国政府に対して言いたいことは山ほど有るが、それとこれとは別の話だ。
 私が同じ立場だったら、口答えじゃ済まない。

 「下手に出ていりゃ、いい気になりやがって!お前なんて客じゃないよ!仕事のじゃまだから、さっさと帰ってくれ!」なんて言いながら「シッシッ!」と手でも振ってしまうかも知れない。
 だが、そんなことしようものなら「俺は客だぞ!客に向かって、なんだその態度は!」となると思う。
 この場合だと

dae-deul-da:食ってかかる、はむかう

という表現になると思う。
 不当なことを言われているのに「はむかう」というのは、ちょっと納得いかないかも知れないが、あくまでも「客」と「店員」という関係は、一種の上下関係にあるので、これはこれで仕方ない。

 韓国には

     
:行く言葉が奇麗であってこそ、来る言葉も奇麗だ[直訳]

という、諺が有る。
 他にも「上流の水が澄んでいれば、下流の水も澄んでいる」という諺も有る。
 意訳すると「相手を愛する心が有ってこそ、はじめて自分も愛される」ということだろう。

 逆に言うと、喧嘩腰で話されたら、帰ってくる言葉も喧嘩腰になるのが当たり前ということだ。
 だが「客である」という立場を利用してストレスを発散させようと思っている人間にとっては、店員が食ってかかってくること事態「ありえない、とんでもないこと」とまで思っているのだろう。

 最近も、会社近くのコンビニで、酔っぱらった日本人客が「中国人アルバイトがため口をきいた。許せない!ちゃんと教育しない店長もおかしい!」等と言いながら、店長相手に大騒ぎをしているところを見たことが有る。
 その中国人アルバイトが使っていた日本語は、確かにおかしなものだったかも知れないが

 アルバイトをしながら勉強しているのは大変だね。
 だけど、その言い方はお客さんに対しては失礼になるから、直した方が良いよ

と指摘してあげればいいのに、ちょっとした言葉じりにいちいち腹を立てるなんて、普段いかに余裕の無い、殺伐とした生活をしているか良く分かる。

 ファーストフードの思い出を話して下さった先生は

 あのお客からは酷いことを言われたけど、日本人全部がそうであるとは思っていません。
 日本人の中には韓国人に対して偏見を持っている人がいるかも知れないけど、韓国人全部がそうではないですから、少なくとも私達は仲良くやって行きましょう。

とおっしゃっていた。
 私は一言

al-ged-sseum-ni-da!:分かりました、了承しました

と答えたのを覚えている。

 韓国・北朝鮮の人達と仲良くするために韓国語を勉強をする。
 私がより真剣に韓国語に打込むようになったのも、先生のお話を聞いてからだったような気もする。

<04/11/17>

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