韓国批判

2006年2月8日 / コラム

 昼のニュース番組を見ていたところ「韓流スター猛抗議」なるタイトルが見えた。
 どうやら韓国で行われている「スクリーン・クオーター」が韓米自由貿易の障害になっているといわれ、大幅に縮小するようである。


 「スクリーン・クオーター」とは韓国独自の文化を保護しようと言う政策の一つで「国映画の義務上映制度」のこと。
 映画館は一年に146日は韓国映画を上映しなければならないらしい。(クオーターとは四分の一という意味なので、もっと少ないはずなのだが、勘違いして覚えているのか…)
 「還流スター達の抗議」とは、このスクリーン・クオーター縮小に対する抗議であったようだ。
 私は心の中で「またアメリカが勝手な論理でアメリカ映画を押し売りしようとしているのだな」と思った。
 ところが、会社の同僚達は別の意見を言い始めた。
やっぱり韓国は、言論の自由が無い国なんだな
 どうやら同僚達は、韓国が「他国の映画を一切閉め出している」と思ったらしい。
 私は「そうじゃないんですよ!韓国は国を挙げて映画産業を盛り上げようとしてきたんですよ。」と言ったのだが、ほとんど聞く耳持たず。
 昨年「寄生虫卵入りキムチ」の話題が出たときも「韓国のキムチには全て寄生虫が入っている」と思ったらしい。
 「どうせ自分とは関係ないことだからどうでもいい」的にレッテルを貼ってしまう人が多いのにはちょっと疑問を抱いた。
 話は韓国映画に戻るが、よく考えてみればこの「韓国映画の義務上映制度」にはいくつか問題が無い訳ではない。
 確かに国を挙げて韓国映画のクオリティーをあげようと努力してきたからこそ、それなりに韓国映画は発展したと思う。
 それまでの韓国映画のクオリティーが低かったかと言えば何とも言えない。
 確かに日本映画をパクったものもあったと聞いている。
 映画制作には莫大な金がかかる。
 だけど、金をかけたからと言って絶対に面白い映画になるとは限らない。
 同じ状況を日本に当てはめてみると、日本の文化を守るという名目で日本映画上映を法律で義務化するなんてことは、絶対に行われないだろう。
 同僚達が感じた「言論の自由」とはこの部分である。
 「自国文化の保護」という名の下に既得権を守ろうと言うなら考えが甘いと思うし、それなりに面白い韓国映画があれば、自信を持ってどんどん日本にも売り込んでもらいたいと思う。
 まぁ、今のところスクリーン・クオーターは完全廃止という訳ではないようなので、韓国の映画陣にはがんばってもらいたいものである。
 えっ?私が日本映画をどう思っているのかって?
 私は韓国語を勉強している身ですので、可能な限り韓国映画を見ているだけです。
 映画館に行くより、DVDで何度も見る方が良いです。
 日本の映画を見たって、韓国語の勉強にはなりませんから。
 あ!そういえば「パッチギ!」は見ましたよ!
———
 今日は韓国語学校の日。
 昨年、韓国で大ヒットした「M to M」という二人組グループの「セグルチャ(三文字)」を教材に勉強した。
 歌というものは「文学的な表現」を使っているし、直訳してもぜんぜん雰囲気が伝わらない。
 やはり韓国語の歌は、韓国語のロジックで歌わないといけないなぁ。
 なかなか良い歌だったので、水割り大学で歌ったら結構受けそうだ。楽しい
晴れのち曇り

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