「嫌韓流」にもの申す?(3)

 会社の行き帰りに、「嫌韓流」にもの申す(個人的につけたタイトルで既存のタイトルと違います!)を読む。
 正直言って、この本を読む限り「嫌韓流」の主張が物凄くちっぽけで一方的な見解だと納得してします。


 特に竹島問題に関して言えば、これだけの資料があれば
なんで韓国が国際会議に訴えでないないのだ!?
と思うくらい、日本側にとって不利な資料が羅列されていた。
 これが額面どおりなら、韓国側が提訴しなくても当たり前だと思われても仕方が無いくらいだ。
 先日ブログにテレビタックルの話題を書いたが、99パーセント韓国の主張が通るだろうけど、1パーセントの問題があったら国際裁判にかけないだろうと主張した、某韓国人教授の主張もうなずける。
 だけど、どうしてこんなにも180度違う結論に至るのだろう。
 嫌韓流が盲目的に韓国ブームに傾きつつある世のおばちゃんに警告を出したいと思った意図があるかもしれないが、正直言ってそういうおばちゃんが
「嫌韓流」を読みたいと思うはずも無い。
 「物申す」で何度も書かれていたことだが、「嫌韓流」は排他的に韓国の主張に対して反論しているものであり、到底韓国側は納得できるものではないという立場で書かれた物だという。
 韓国側の主張が「うざい」と思ったことに対して、都合の良い部品だけを寄せ集めて完結しているのかもしれない。
 たしかに、「物申す」を読んでいるとそういう主張もあるなと思うし、個人的にもお隣の韓国人と喧嘩することなく妥協点を見出して、これからは同じレベルで仲良くやってゆきたいと思っている。
 そうでなければ、私が習っている韓国人ネイティブの先生も、あれだけ熱心に韓国語の授業をしてくれないと思う。
 私も日本人だ。
 私の先輩が韓国朝鮮にどれだけのことをしてきたかなんていう話題は正直想像も付かないし、同世代の人間から「あやまれ」なんていわれても困ってしまうだけだ。
 できれば過去のことは諸先輩がたに丸投げして、同世代の人間とは仲良くやってゆきたいだけである。
 私は私なりに韓国人の人達と仲良くやりたいだけ。
 そのために双方の主張を見ているのだけど、はてさてどうなりますことやら。
 結局は諸先輩方が残した負の遺産を後継者である私たちがうまくやってゆかないとならないのだと思う。
 とりあえず今日はここまで
雨のち曇り

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